心のどこかではまだ、
昨日の出来事が、ただの悪夢であってほしいと願っていたので、
目が覚めて、派出所のベンチに寝ているという現実を理解したとき、
改めて、気が重くなった。
やっぱり、夢じゃないんだなぁ。
現実逃避をしても仕方がないので、
朝からまた、盗難届けをもらうために交渉を始めた。
面倒なことに、
昨晩とは、派出所の人員が変わっていたので、
また最初から説明しなくちゃならない。
[明日やってやるから。]
と言っていた警察官の姿は、見当たらない。
無責任だなぁ。
やはり、いくらがんばって説明しても、対応は昨日と変わらず、
話が全然、先へ進まない。
するとこっちも、なんだかもうどうでもよくなってきて、
せっかくの機会なので、
派出所の様子というものを、じっくり見物させてもらっていた。
派出所という名前だけど、
日本の[交番 / 派出所]というよりは、警察署に近い施設である。
それなりに大きい。
昨晩は、何かしらの罪を犯したらしい男たちが数人、
結束バンドで両親指&両薬指同士を縛られた格好で連れてこられて来た。
今日も、そういう男が新たに2人連行されてきて、
派出所で手錠をかけられたあと、地べたに座らされ、
警官に、しきりに怒鳴りつけられている。
普段から高圧的な雰囲気の警察官は、さすが、
犯罪者を怒鳴りつける時は、さらに高圧的で迫力がある。
怒鳴り声が、所内に響く。
今の自分の状態は、あれよりはかなりマシであろう。
一方では、派出所に不つりあいなほど立派なソファにどんと座って、
ただ一点を見つめてぼーっとしてる、偉そうな警官もいる。
俺は、ずっと受付けに座っているけど、向かいに座っている警官たちは、
俺のことを、ほとんど無視。
自分は、かなり面倒くさい存在のようだ。
また、結束バンドで指を縛られた男とたちが、何人も連行されてきた。
正面と側面から、顔写真を撮られたりしている。
ふつうのオッサンたちに見えるけど、
彼らは、いったい何をしたんだろう??
警察も結構忙しそうだ。
見ていて、あまり退屈しない。
そんな状態で、また2時間ほど過ぎたとき、
一人の警官が、俺の描いた現場の絵地図を見て、同僚と何か相談をし始めた。
[これ、きっとあそこじゃないか??]
そんな話をしているようだった。
すると、
[だいたいの検討はつくから、現場へ案内しなさい。]
そんなようなことを言われて、車で出発することになった。
昨日は、警察車輌に乗ってここまで、連れてこられたので、
現場までの道順は、実際さっぱりわからなかったけど、
ピンときたという警察官の予想に任せて、車は走る。
思ったよりも遠かったけど、
途中から、見覚えのある景色になった。
[そうそう!ここです!]
二人の警察官と共に現場に降り、状況を詳しく説明した。
芝生の横の土には、ケーン号のタイヤの跡がまだ残っていた。
一通り説明を終えると、少し待てと言われ、
3分くらいで、別の警察車輌がやってきた。
[ここは、うちじゃなくて、彼らの管轄なんだ。]
そう言われ、別の派出所の警官とバトンタッチ。
もう一度、彼らに状況を説明をして、
管轄であるという派出所へ向かった。
その派出所[樟村派出所]は、なんと、
現場から300mも離れていない場所にあった。
入り口から、現場が見えるくらいである。
もし昨日、ここをすぐに見つけていたら、
もっとスムーズに話が進んだだろうナ。。。
樟村派出所でもまた、事のあらましを一から説明した。
もう何度、同じ話と同じジェスチャーを繰り返しただろう。
でも、こっちの派出所の人たちの対応は、実に丁寧だった。
無視されたり、無駄に長時間待たされたりすることも一切なく、
ちゃんと話を聞いてもらえたので、説明するのが苦ではなかった。
さらに、日本語の話せる通訳を呼んでくれ、
書類の作成も、さっさと終わった。
おかげでようやく、今後の手続き見通しもはっきりとしてきた。
この対応の違いは、一体どういうことだろう??
昨日は、現場がどこなのかはっきりしなかったため、
前の派出所の人たちも、本腰を入れて対応できなかったのか。
(いや。でも、地図すら見せてもらえなかったナ。)
前の派出所は、事件が多くて忙しい地区だったからか。
(いや。ただぼーっとしたり、暇そうな人もいたナ。)
俺は単純に、
樟村派出所の人たちが、より親切な(真面目に働く)人たちなんだと思う。
派出所自体の雰囲気が、いいようにも思えた。
盗難届は無事にもらえたので、
いよいよ、広州市の領事館へ向けて出発することにした。
次の日(2)へ続く。